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上坂スピン・アイソスピン研究室

笹野 匡紀

Masaki Sasano

主な経歴

1997年3月

私立智弁学園和歌山高等学校卒業

1997年4月

東京大学 入学

1999年4月

東京大学 理学物理学科に進学

2003年4月

東京大学大学院 理学系研究科 修士課程入学。その後、博士課程へ

2008年3月

理学博士号を取得
ポストドクターとして、上記研究科の特任研究員、理化学研究所仁科加速器センターの基礎科学特別研究員を経て、米国ミシガン州立大学超伝導サイクロトロン研究所の客員研究員に。

2011年

仁科加速器センターの研究員として活動中

原子核のスピン・アイソスピンを変化させ、
それが核に引き起こす巨大な応答を観察する研究

多様な現象を見せる
原子核の集団的運動を調べる

 知恵を絞って実験をすることで、複雑なシステムからシンプルな側面を切り出し、それに基づいてそのシステムの本質を理解できる。そこに面白さを感じた、というのが原子核実験分野を志した動機です。原子核は複雑なシステムですが、同時にシンプルかつ多様な振る舞いを見せる系。それゆえ原子核物理学は物理学の中でも最も難しくかつ魅力的な分野なのです。こういった学問そのものの魅力もありますが、それ以上に困難を実験によって乗り越え、目的の物理量を引き出せるという人間の知恵のすごさを日々実感できる点にも非常な魅力を感じます。進路を決める際、私は学生として、原子核における三体力の働きを抽出する研究に参加しました。三体力は原子核の記述には本質的に重要な力でありながら、それまでほとんど観測されていませんでした。大阪大学核物理研究センタは、安定核ビームで世界最高性能を誇る実験施設を用い、考え抜かれた実験セットアップを組み上げ、それでも生じる実験上のトラブルを次々解決しながら、そのチャレンジングな問題に挑んだのです。そこで実験を成功に導いていく研究者の姿を目の当たりにして、私は原子核実験分野を選ぶことを決めたのです。

 私は、専門用語でいうと原子核のスピン・アイソスピン自由度における集団的運動を調べています。スピンは空間における粒子の回転。コマをイメージしてもらえばよいと思います。アイソスピンは荷電空間における回転になります。原子核の構成要素である核子は、それぞれある向きのスピンとアイソスピンをもって原子核の中を運動しており、このことが原子核における現象を多様なものにしています。私の研究は、これらのスピン、アイソスピンの方向を変化させたときに原子核がどのような反応を示すかを調べることです。1980年代に開発された核反応プローブで、「荷電交換型(p, n)反応」というものがあります。これを用いると原子核のスピンとアイソスピンのコマ運動の向きを同時にひっくり返すことができます。この時、多くの粒子が量子的相関を保って運動に参加するという強い集団性を示します。この集団性は、原子核の構造やその対称性、また、その背後にある相互作用の働きを理解する上で重要です。この核反応プローブは80年代にすでに開発されていたものですが、当時は研究対象は安定核に限られていました。しかし近年、理研のRIBFをはじめとして、不安定核をビームとして供給し、それをプローブである粒子にぶつけて調べることが可能になってきました。私がミシガン州立大学で開発した測定手法は、不安定核ビームに対して荷電交換型(p, n)反応を行うというものです。現在は理研RIBFにおいて、広範囲の不安定核でこの測定をすることで、安定核では隠れていた対称性や、構造や相互作用の変化をより系統的に調べることを行っています。

ゼロベースに立ち返ることで
新たなアイデアが生まれる

 実験がうまくいったとき、データの解析で分からなかった問題が解決したとき、論文が出版されたとき、そして自分のだした論文に反響があった時に、やりがいを感じます。逆に、これ以外の時間帯は、実験前なら、実験がうまくいくかどうか、見落としはないかなどを考え続けたり、データの解析時には系統誤差をどうつけるか悩んだり、など何らかの難しさを感じながら生活をしています。

 その難しさを克服するために、私は物事をできるだけ更地から考えることを心がけています。新しいことや、自分が気づいていない間違いなど、自分が今考えている思考の範囲にあるものを見つけ出すためには、現在の延長線で考えるのではなく、いったん基礎に振り返って考え直すのが重要だと思っています。

新たな技術を用いて
未知の領域を探索する

 原子核の多様な現象や、その対称性の現れ方の地図を描きたいと思っています。その地図はアイソスピンと運動量という二つの座標で記述されるものをイメージしています。原子核実験分野では、不安定核ビームを用いることで、地図の上を自由自在に移動し、新たな現象や性質を探索することが初めて可能になってきたと考えています。現在のところ、低運動量の領域にそって、アイソスピンの座標上を移動する探索が盛んですが、将来的には運動量座標における探索もあわせ、二次元的な現象の探索が必要になると思っています。

複雑なシステムが織りなす
シンプルかつ多様な現象の魅力

 原子核は複雑なシステムですが、同時にシンプルかつ多様な振る舞いを見せるという点が面白さです。原子核は、複雑。つまり、自由度がたくさんあります。なおかつ、それらが強くカップルしている系にもかからず、実際には有限の自由度で十分記述できるのです。つまり、シンプルな現象を示すのです。この自由度を絞り込む過程で、非常に豊かな多様性がうまれます。このようなメカニズムは本質的には南部陽一郎の唱えた自発的対称性の破れに起因していると思いますが、21世紀の物理学を構築する上で最も重要な概念だと感じています。


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