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大阪大学物理研究センター(RCNP)

白鳥 昂太郎

Kotaro Shirotori

主な経歴

2011年3月

東北大学大学院 理学研究科
博士課程後期(物理学専攻)修了

2011年4月

日本原子力研究開発機構 博士研究員

2012年5月

大阪大学核物理研究センター 助教

ハドロン物理の実験的研究
チャームバリオン分光実験装置の開発

困難な実験に挑戦し成し遂げる
その過程の面白さに魅せられて

 子供の頃から宇宙等の自然科学に興味があったことが物理を学ぶことを志した原点です。幼少の頃は図鑑、中高生時は雑誌や書籍を読み、自然現象、特に物質の成り立ちについて知ることに強い興味を持ちました。

 高校時代、一緒に科学の事を議論できた友人がいたことも非常に大きな動機になったと思います。興味の方向がはっきりしていたため、大学では物質の成り立ちを知るという素粒子・原子核物理の道へ、それほど迷わず進みました。大学院に入る際に実験系の研究室を選んだのは、学部生時代に研究室で実験を体験する授業があったことがきっかけです。その時に体験した実験の面白さが強く印象に残り、その後大学院で原子核物理の研究室を選択する理由になりました。修士一年の時、高エネルギー加速器研究機構で行われたハイパー原子核物理の実験に参加。物理実験というものの大変さを知る一方で、難しいことに挑戦し、成し遂げていくということの面白さを肌で感じることができました。その経験が、最終的に研究者になろうという決め手になったのです。

 私はハドロン物理学の研究を行っています。ハドロンは、素粒子のクォークからなる陽子やパイ中間子等の物質の総称です。クォーク3つからできるものがバリオン、クォーク・反クォークからできるものがメソンと呼ばれます。現在、多種のハドロンの存在が知られていますが、研究が進むにつれこれまでのクォーク構成で性質が説明できないものが見つかってきました。4つや5つという多くのクォークでできていると考えられるものがあったりと、多様な性質を持っていることが分かってきたのです。現在の研究はハドロンの性質を決めているクォークがハドロン内部でどのような形態になっているか、すなわち、ハドロンの性質がどのように決まっているかを明らかにすることです。バリオンは3つのクォークで構成されており、それらが相互作用して性質が決まっています。しかし、クォークはハドロンの内部から単独で取り出すことができないため、直接的に調べることができません。そこでクォーク構成の違いを利用してハドロン内部の様相を調べるという切り口から研究を行っています。クォークは6種類が知られており、陽子や中性子を構成するu, dクォークは軽く、c(チャーム)クォークやb(ボトム)クォークのように重いものがあります。そして、軽いクォークと重いクォークでは相互作用の違いがあり、クォークが重くなるにつれてその相互作用が弱くなるということが知られています。よって、軽いクォーク2つと重いクォーク1つを持っているバリオンでは、結びつきがより強い2つのクォークがダイクォークという形態で顕在化すると考えられます。間接的ではありますが、このようにハドロンの内部に現れるダイクォークを調べることで、ハドロンの性質がどのように決まっているかを理解できると期待されています。私は、特に重いクォークであるcクォークを含んだチャームバリオンを調べることでダイ・クォークを明らかにすることを目標に研究を行っています。

仲間と議論、力を合わせ
未知の物理に迫るやりがい

 実験で調べようとしているチャームバリオンはこれまで十数種類が見つかっていますが、それらの性質はまだよく理解されていません。理論的に存在が予言されていますが見つかっていないものも多く、未知の部分が数多くあります。私はJ-PARC(大強度陽子加速器施設)という実験施設でチャームバリオンの研究を行うことを目標に実験手法の検討や実験装置のデザインを行っています。チャームバリオンは加速器を利用して作るのですが、J-PARCで使用できるエネルギーのハドロンビームで生成された例は無く、まずどれくらいの割合でできるのかを調べる必要があります。また、チャームバリオンが生成された事象を調べる時には非常に多くのノイズ(バックグラウンド)の中から正しい信号を取り出さなくてはなりません。バックグラウンドを減らしてチャームバリオンを正しく識別する実験手法も非常に難しいものです。同時に実験装置も新たに作る必要があり、そのデザインも手がけています。私が博士の学生時代の研究は、J-PARCハドロン実験施設で最初の実験を行うというものでした。新しく完成した実験施設で研究を行うということは、何もかもをゼロから作り上げることでもあります。自身が現場を指揮して研究を遂行し、仲間とともに様々な実験装置を組み上げて動作させ、未知の物理に迫るという経験は、非常にやりがいがあるものでした。現在の研究はこの時と同じものです。困難が多いながらも大変やりがいのある研究です。

 そんな研究を進める上で心がけていることは、高い目的意識を持つことです。実験的研究はグループで行いますが、中心となって実験を進めるメンバーが気概を持って臨むというのが非常に重要です。実験はいつも想定通り進むわけではないですし、誰かが代わりに問題を解決してくれるものでもありません。「自分が行うんだ」という目的意識を持つことが問題解決や実験を進める原動力になると思います。

 また、コミュニケーションをきちんと取るということも心がけています。私たちが行っている実験的研究は一人で行うものではなく、十数人程度の実験グループを組織して集団で行うものです。集団が機能するためには共通認識が重要。何度も打合せを行うこと、実験中の些細なトラブルでも連絡を取り全体で共有することなど、ごく当たり前ですが、メンバー全体で実験を行う上で必要な情報をきちんと認識し合うことはとても重要です。実際に私がJ-PARCで一緒に研究を行っているグループは非常に良いチームワークで実験を行うことができ、トラブルがあった時に驚くべきコンビネーションを発揮して解決することができます。十分なコミュニケーションが取れ、適切な情報共有が行われている良い例です。

現在の研究に打ち込むことで
将来、進むべき道が見えてくる

 今行っているハドロンの研究自体が、言うなればやりたい研究そのものです。まず現在の研究プロジェクトを推進することが目標です。また、チャームバリオンの実験データはJ-PARCだけでなくKEK(高エネルギー加速器研究機構)のBelle実験でも得ることができ、違った実験手法からアプローチを行える研究環境があります。こういった多角的なデータを総合的に調べることで、ダイ・クォークをはじめとしたハドロンの性質に対する理解をより深めていきたいと考えています。

 現在のハドロン・原子核物理実験の研究は構想が出てから結果が得られるまで5年から10年くらいの時間がかかります。当面は現在の研究を完成させることを目指すと同時に、チャームバリオンを中心にハドロン物理の研究を多角的に進めていきたいと考えています。

 そこから先の具体的な研究テーマを考えるのは正直とても難しいです。ある程度の展望はありますが、私自身の理解が十分ではなく明確にすることができていません。その時に自分自身がどういう見識を得ているか、その時の研究は現在からの発展でどのようになっているか、将来の視点で考えられることは現在の視点とは大きく違ってくる可能性があります。将来、どのように具体的なテーマを組み立てて研究を行っていくか。そのためには、まず現在の研究を精力的に行うことが大切だと考えています。

多角的にアプローチを試み
そこからシンプルな理解を導く

 私自身、学生時代に所属した研究室でハイパー核物理の研究を行い、現在はハドロン物理を研究しています。また、学生時代には変形した原子核の研究に参加しています。様々なことを学ぶ学生時代に、ハドロンから原子核まで研究分野を横断的に触れてきました。その中で共通するのは「ハドロン・原子核物理は基本的に系統的な研究が必要」ということ。ハドロン・原子核を司る強い相互作用の第一原理は分かっているのですが、計算が大変であるため第一原理から出発して適切な答えを導くことが未だに実現していません。実験側で実際に物理現象を調べないと見当がつけられない現象が多々あります。また、ハドロン・原子核が複雑な対象であるがゆえに研究で常に明瞭な理解が得られない場合もあり、成果が得られたとしても曖昧さが残ってしまう状況になってしまうのも難い点です。実験と理論が協力して、系統的に様々なアプローチから研究を行わなければならず、複雑さの背後に隠れた一般的な性質を解き明かす必要があるのです。このように多様なアプローチによって複雑な対象を簡潔に理解しようというハドロン・原子核物理の挑戦的な側面に私は面白さを感じるのです。


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