HOME > 研究最前線 > 明日を創る若手研究者(市川雄一)

理化学研究所 仁科加速器研究センター
上野核分光研究室

市川 雄一

Yuichi Ichikawa

主な経歴

1999年3月

私立武蔵高等学校 卒業

1999年4月

東京大学 入学

2001年4月

東京大学理学部物理学科 進学

2003年4月

東京大学大学院理学系研究科 
修士課程 入学

2005年4月

東京大学大学院理学系研究科 
博士課程 進学

2008年3月

東京大学大学院理学系研究科 
博士課程 修了·博士号(理学)取得

2008年4月 - 2009年3月

理化学研究所 仁科加速器研究センター
リサーチアソシエイト

2009年4月 - 2011年12月

理化学研究所 仁科加速器研究センター
基礎科学特別研究員

2012年1月 - 2013年9月

東京工業大学 大学院理工学研究科
特任助教

2013年10月 - 現在

現職

核スピンの操作を用いた原子核の実験的研究

現象の真理は一つかもしれないけれど
それを実験的にアプローチする手段は無数にある

物理との初めての触れ合いは、子供のころに星や宇宙に関する本を読んだことでしょうか。想像もつかない遠くの事や昔の事がどうやってわかったのだろうと不思議に思っていました。もともと学問に限らず何か興味を持ったことは徹底的に極めようとする性質は子供のころからあったように思うのですが、興味を持った中で何か不思議に思うことやわからないことがあったときには特にやる気をかきたてられていた気がします。大学で物理学を専攻したのは、物理学に興味を持つ多くの人と同じかと思いますが、この世界のあらゆる自然現象の大元はわずかな数の法則で支配されていて、その法則は数学を用いてとても明瞭な形で表されるというところに魅力を感じていたからです。そして段々と物理学の最先端に触れる機会が増えてくると、その中にチャレンジしがいのある未知のテーマが多く残されていることを知ることになります。その中でも原子核の実験研究を志したのは、ある現象の解明を目指す中で、現象の真理は一つかもしれないけれど、それを実験的にアプローチする手段は無数にあり、そこで自分のオリジナリティを活かせると思ったからです。

現在は原子核の持つスピンに着目して、スピンを操作するという実験手段で新たな現象の解明に挑んでいます。スピンは原子や電子、原子核といったミクロな系がその量子性に由来して持つ物理量ですが、ミクロな現象の解明にはしばしばスピンが重要な役割を果たします。

例えば、不安定核(RI)ビームを生成する際の核反応において、効率的にスピンの向きが揃った状態を作り出す手法を新たに開発して、不安定核の磁気モーメントを測定するという研究を行っています。天然に存在する安定核に比べて中性子数と陽子数のバランスが大きく異なる不安定核は特殊な構造を持つことが示唆されているのですが、磁気モーメントを測定することによりそのような不安定核の構造を詳しく、つまり波動関数の情報を詳しく知ることができます。こうした原理的な理論に直接帰還できるような実験事実を積み重ねていくことで、一見複雑で多様な構造を見せる不安定核を統一的に理解することを目指しています。

他にも、原子核構造とスピン操作法を組み合わせて、現在の物理学の標準理論を超える新現象探索を行うという、少し野心的な研究も行っています。

議論を重ねることで全く新しい研究の種が
生み出されるときなどはとても刺激的です

私の行っている研究の現場は10人前後の規模で構成され、誰でも自分のアイデアや意見を反映させやすい環境です。実際にベテランの研究者でも大学院に進学したばかりの大学院生でも関係なく、その意見が良ければ採用されますし、普段の雑談と研究の議論がシームレスになるような非常に活気のある現場で研究できています。議論を重ねることで自分ひとりのアイデアでは足りない部分を補えたり、そこから全く新しい研究の種が生み出されるときなどはとても刺激的です。

一方で、研究を行うからには、まだ世界で誰もやっていないことを行わなければなりません。やはり原子核物理学は長い歴史を持つため、せっかく考え出したというようなアイデアも、すでに試みられていたりすることはしばしばあります。しかし、だからこそ新しいアイデアで誰もやっていなかったことを達成できたときには充実感を味わうことができます。

まだわかっていないことを対象とするだけに、研究の過程では数多くのトライアンドエラーがつきものです。いわば間違うことが当たり前なのですが、ここで心がけていることは、試すまでは楽観視しないこと、ただし結果はポジティブに転化するということです。常に想定される複数の結果を念頭に置き、そのための対策を普段から何通りも用意しておくことで、たとえ一時的な結果が満足いくものでなかったとしても、次々と新しい手を打つことができます。

その他に心がけているのは、基本的なスタンスとしては、やはり初心に帰って「楽しむ」ことを忘れないようにしたいと思っています。アイデアを考えること、仲間と議論すること、成果を出して達成感を感じることなど色々ありますが、研究活動を行っている日常に楽しみを感じ、若干の遊びの意識を取り入れながら研究を行うことで、全く新しいことの種が生まれるのだと思います。

原子核を道具として、他の分野との
融合的な領域を切り開けていけたら

原子核そのものの理解を深めることももちろん重要なのですが、将来的には原子核を道具として、他の分野との融合的な領域を切り開いていけたらと思っています。

例えばその一つとして、スピン操作の技術と原子核構造の特性を活かした基礎物理的な研究を構想しています。スピンには磁気双極子モーメントのように磁気的な性質が付随するのですが、一方で一次の電気的な性質、つまり電気双極子モーメントは現在の物理学の根幹をなす標準理論では観測にかからないほど小さい値しか持ち得ません。ところが、現在の宇宙の成り立ちを説明するには標準理論の枠組みを超える荷電共役‐パリティ(CP)対称性の破れが必要であることがわかっており、その新たなCP対称性の破れが電気双極子モーメントとしてわずかながら現れると考えられています。この新現象を見出すために、スピン操作を用いた精密測定法や、原子核においてその効果を増幅させる機構の研究を行おうと考えています。

その他に、こうした研究を強力に推進するために現在よりもさらに強力なスピン配向RIビームの開発も視野に入れています。RIBFなどの最新鋭加速器施設の強力なRIビーム生成能力にスピン操作という自由度が加わることによって、様々な可能性が広がると考えています。原子核の構造研究にも重要な技術となるのはもちろんのこと、スピン配向したRIビームを物質中に打ち込むことで、核スピンを磁気的な不純物あるいは放射線を出すプローブとして用いる物性研究にも新たな可能性を切り開くことができるかもしれません。

既存の学問領域にとらわれずに、
あらゆる方向に新たな学問分野を創出する可能性を秘めているのが原子核物理

原子核物理というと、素粒子物理のようにストレートフォワードに未知の粒子を探すというほどの高エネルギーを対象とはしませんし、物性物理のように一般社会への還元用途を明示しやすいものでもないかもしれません。ただし、様々な相互作用が介在する原子核内では、原子核自体を実験室としてとらえることで、電気双極子モーメント測定のように高エネルギー実験を超える感度で新現象を探る手段となったりもします。また、核スピンに付随する磁気モーメントをプローブとして用いることで応用研究にも生かすことができるかもしれません。このような既存の学問領域にとらわれずに、あらゆる方向に新たな学問分野を創出する可能性を秘めているのが原子核物理だと思っています。


© 2013 日本の原子核物理学研究  > サイトポリシー・免責事項 | 本ウェブサイトは、核物理懇談会ホームページ委員会が運営しています