独立行政法人 理化学研究所
仁科加速器研究センター
初田 哲男
Tetsuo Hatsuda
主な経歴
1981年
京都大学理学部卒業
1986年
京都大学大学院 理学研究科
物理学第二専攻 修了(理学博士)
1986年
高エネルギー物理学研究所
物理系理論部 客員研究員
1988年
ニューヨーク州立大学
ストーニーブルック校 博士研究員
1990年
ヨーロッパ共同原子核研究機構(セルン)
理論部 リサーチアソシエイトフェロー
1990年
ワシントン州立大学
原子核理論研究所(INT)
リサーチアシスタントプロフェッサー
1992年
ワシントン州立大学 物理学科
アシスタントプロフェッサー
1993年
筑波大学 物理学系助教授
1998年
京都大学大学院 理学研究科 助教授
2000年
東京大学大学院理学研究科教授
2012年
理化学研究所 仁科加速器研究センター
主任研究員、副センター長
強相関量子多体系の理論、特に高温高密度における量子色力学
様々なクォーク集合体を
解析とシミュレーションを併用して研究
原子核は、陽子や中性子が中間子を交換することにより結合しています。また、陽子や中性子は、3つのクォークが「グルーオン」と呼ばれるゲージ粒子を交換する事で結合しています。このグルーオンとクォークの運動を支配しているのが、量子色力学(QCD)と呼ばれる力学。私は、少数個のクォーク束縛系(陽子・中性子やそれらの相互作用)から、大量のクォーク集合体(中性子星深部の高密度状態で存在すると考えられる)、そして大量のクォーク-反クォーク集合体(クォーク・グルオン・プラズマと呼ばれ、宇宙初期の高温状態で存在していたと考えられる)までを、ゲージ場の量子論に基礎を置く解析的アプローチと数値シミュレーションを併用して理論的に研究しています。さらに、QCD、冷却フェルミ原子気体、グラフィーンなどに共通して現れる強相関現象に関する理論的研究も行っています。
ミクロからマクロまで統一的に記述できる
物理学の一般性にやりがいを感じる
小学生高学年のときに読んだ湯川秀樹先生の『旅人』に出てきた「核力」の話に魅了され、「ミクロな世界の研究をしたい」と思ったのがきっかけになりました。高校生のときには、松田卓也先生・佐藤文隆先生の『相対論的宇宙論』を読み、詳細は理解できないものの、物理学で宇宙を理解するという考えに魅了されました。大学の学部では「ミクロとマクロが繋がっている」ということを、原子核理論を専門とする玉垣良三先生や天体核理論を専門とする林忠四郎先生から学び、大学院で現在の研究に繋がるテーマの研究を始めました。
現在の研究では、理論的予言が実験や観測と結びつくのに、長い時間と多大な労力を要する点に難しさを感じます。ですが、これは現代の基礎物理学の宿命といえるのかもしれません。少しでも検証までの期間を短くするために、曖昧さの無い理論的予言をしたいと考えていますが、自然はそれを簡単に許してくれるほど甘くはありません。毎日その厳しさを実感しています。それでも少数の基本法則から出発し、素粒子や原子核といったミクロの世界から、中性子星やブラックホールというマクロの世界を統一的に記述するという基礎物理学の一般性には大きな魅力とやりがいを感じます。
現在の研究をふまえながら
部門横断的な研究も進めていきたい
研究をするうえで大切にしていることが4つあります。常に基礎に立ち返って考え直すこと。好奇心を持って常に新しい問題に挑戦すること。自らの研究の方向性が正しいと確信したら、さまざまな批判を積極に取り込みつつ理論の改良と発展に邁進すること。そして、自らの研究を大きな“絵”のなかに位置付けることです。
それを心がけながら研究を続ける中で、現在の研究をふまえて、今後やってみたいことの方向性が見えてきました。
私は、強く相互作用する多粒子系を扱うために開発された様々な理論的手法は、基礎物理学以外にも応用可能だと考えています。なかでも、複雑に見える生命現象を数理的手法で解き明かす研究に大きな魅力を感じます。すでに、理化学研究所内の理論生物学者、理論化学者との連携を始めました。今後はこの研究も進めていきたいと思っています。
<参考URL>
http://www.riken.jp/research/labs/rg/inter_theor_sci/
「物理学はひとつ」という観点で
広い視野と好奇心を持つ研究者が望まれる
原子核物理学は、強く相互作用する量子多体系の面白い振る舞いを研究する学問です。それと同時に、私たちの体や、星や銀河を構成する核子や原子核などの物質が「どこでどのように生まれ」、「どのようにして現在の姿になったのか」を理解するための学問でもあります。前者は電子や原子・分子の強相関系を扱う物性物理学と、後者は素粒子物理学や宇宙物理学と、密接に関係しています。こういった分野横断的な関連性は今後ますます強まると考えられます。そのため今後の原子核物理学には、広い視野を持ちながらも、「物理学はひとつ」という観点で研究をすすめていける人材が望まれています。