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北海道大学 知識メディア・ラボラトリー

江幡 修一郎

Shuichiro Ebata

主な経歴

2006年 3月

東京理科大学 理学部第一部 卒業

2006年 4月

筑波大学 数理物質科学研究科 博士前期課程 入学。
修士取得後、博士後期課程入学
2011年3月理学博士取得

2011年 4月 - 2013年 3月

東京大学 原子核科学研究センター 特任研究員として勤務

2013年 4月 - 現在

北海道大学 知識メディア・ラボラトリー 非常勤研究員として、原子核反応データベース研究開発センターで勤務

時間依存密度汎関数理論を用いた、
核超流動性を持つ有限量子多体系の研究

「君の研究は核分裂現象と深く関係がある」
と励まされ核物理研究の意義に気づきました

正直に言って、はじめは核物理研究について意義を見いだせずにいました。原子核を研究し始めたのは修士1年の終わりでしたが、当時、原子核研究と社会との間に距離があると強く考えていたので、原子核物理を避けていました。修士が終わりに近づいても自分の研究の確固たる意義が見いだせずにいました。 そんなときに、研究所で会った老齢の研究者に「君の研究は核分裂現象と深く関係がある」と励まされたのです。恥ずかしながらこのときに核物理研究の意義に気づきました。 今では少し踏み込んだ動機を持ちながら、まだ見えない先を楽しみに探求しています。

原子核は数百個程度ある二種類のフェルミ粒子で構成される有限量子多体系です。数フェムトメートル(fm = 10-15m)という小さな領域の中で孤立した原子核は、構成粒子の数と系のエネルギーに応じて多様な秩序と構造を示します。原子核は、自然に存在する約200種も含めて、3000種を超える核種が発見されています。これらに共通してあらわれる多体系の秩序を理解することこそ原子核物理学の大きな目標だと考えています。 原子核構造や性質を研究する方法は数多くありますが、私の研究ではいろいろな核種のさまざまな励起状態を核密度の動的な振舞いから系統的に調査しそこで共通に現れる構造から、原子核の一般的な性質を研究する方法を用いています。

系統的に原子核を研究するには、"原子核の形"、"核超流動性"そして"動力学"への制限が小さい方法が必要になります。"核超流動性"の動的性質を記述する理論はすでにありましたが、実際は計算量の膨大さから実現が困難な状況でした。そこで私たちは核超流動性を表わす部分に、凝縮系物理でよく知られているBCS近似を積極的に利用することで、実行上の問題を回避することができたのです。

現在は、私たちが作った新しい方法で中性子過剰な核で特徴的にあらわれる励起状態の構造を調べたり、核融合などの大振幅集団運動現象における"核超流動性"の役割を研究しています。

数百を超えるさまざまな結果の中に
一筋の光を見つけたときにやりがいを感じます

やりがいと難しさは表裏一体の関係だと思います。進む方向への道すじが見えるときにはやりがいと呼んで、それが見えないときには難しさと呼ぶのだと思います。具体的には、数百を超えるさまざまな結果の中に一筋の光を見つけたときにやりがいを感じます。 逆に、結果がただ雑然と見えているときには、難しさをおぼえます。問題を問題と見ることが出来ているうちはやりがいと難しさは共存しているけれども、「解」が見つかったときにはすでにやりがいも難しさも思い出のように過去のものになっていて、どちらも感じられないものです。研究を進めている最中は常に両方を感じていて、その両方の積み重ねの先に「解」があるのだと思います。そうするとやりがいを感じるときは、という問いの答えは「いつも」なのでしょう。

研究を進めるなかで、いつも心がけていることが二つあります。 一つ目は、原子核は小さい領域で量子力学が支配する系であり、実験でしかその情報を取り出せないということです。それで多体系をモデル化しその中で論理的に現れる性質を議論していくのです。ところがそれは常に実験事実に裏付けされていなければ、机上の空論で終わってしまいます。原子核研究は理論と実験の両輪で研究が進んでいますので、この点においては非常に良い環境にあります。だから常に実験を意識して理論を展開させていく事を心がけています。

二つ目は、理論を展開していくのに細かくなりすぎないことです。考えが深みにはまっていつのまにか全体が見えなくなり、議論したい内容から離れていくことがあります。物理に対して些末な事と細かいけれども重要な事を分別するべきです。研究に励みながらも、俯瞰して筋道を確認しながら進めることを心がけています。

放射線治療や核廃棄物の分野へ
基礎情報として核物理を提供していきたい

原子核物理は今後、"模型間の微視的な統合"と"微視的な世界から物質への応用"がますますおもしろくなっていくはずです。原子核のより統一的でより深い理解を進めながら、原子核研究で得られた知見を積極的に応用したいと考えています。原子核の構造や応答の研究結果は核物理だけでなく、他の分野でも重要な知見であり、今以上に広く使われていくべきではないでしょうか。たとえば宇宙核物理では、元素合成過程を理解するのに原子核物理の情報を不可欠なものとして取り入れています。

このような学術的な分野への応用だけではなく、社会により近い分野へ貢献していくことも考えています。たとえば、基礎情報として重イオンビームを含む放射線治療や核廃棄物の低減などの分野へ核物理を提供していきたいのです。また基礎と応用の両輪で核利用分野を発展させる橋渡し役の一人として、貢献したいとも考えています。

原子核物理がおもしろく感じられるのは
多体系に新しい秩序を見出したとき

中性子の発見を核構造の出発と考えると、原子核物理学はすでに80年以上の歴史があります。二種類の粒子がたくさん集まると何が起きるか、という単純な問いを考え続けてきた歴史です。かなり単純な問いかけですが、この系にあらわれる量子的な秩序はじつに多様性に満ちています。今までに多くの研究者がさまざまな側面から原子核を模型化し、観察しては複雑に絡みあう現象から秩序を見出してきました。多体系に新しい秩序を見出す、これこそ原子核物理の最も基本的なやりがいなのだと思うのです。


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