名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構
赤松 幸尚
Yukinao Akamatsu
主な経歴
2006年3月
東京大学理学部物理学科 卒業
2008年3月
東京大学大学院理学系研究科 修士課程修了
2008年4月〜2011年3月
日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2011年3月
東京大学大学院理学系研究科 博士課程修了
2011年4月〜2015年3月
名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構 特任助教
2015年4月〜
日本学術振興会 海外特別研究員 (受入研究機関:ニューヨーク州立大学 ストーニーブルック校)
非閉じ込め物質「クォーク・グルーオン・プラズマ」の物性論
ボーアの原子模型にはワクワクしました
正直なところ、高校で習う物理には失望していました。ニュートン力学によって坂を転がる質点の運動などが記述されるのは、整然としていてスッキリするのですが、逆に窮屈な感じがしました。それに比べてボーアの原子模型にはワクワクしました。整然としたものに窮屈さを感じ、未完のもの(当時はそう思えたので)にワクワクしたというのは、研究者としての本能的なものなのかもしれません。当時は将来は研究者になるだろう、と漠然と、しかし当然のことのように思っていました。高校の物理には失望したものの、大学で勉強する科目の中で物理を理解したときが一番達成感があったので、物理学を専攻することにしました。大学院で原子核理論研究室に進学したのは、自然を理解したいと思う水準が自分の感性に合っていたからだと思っています。具体的には、素粒子物理のように最も基本的な自然法則を追求することよりも、私は自然現象そのものに興味がありました。一方で、素粒子物理の還元主義的な思想の到達点(通過点かもしれませんが)である素粒子標準模型、あるいはもっと広く場の量子論に基づく世界観、というものにも惹かれていました。要するに物理学における最も基本的な知識に基づきながら、自然現象を相手に研究したい、と欲張っていたわけです。原子核物理学という分野は、比較的それが可能であるだけでなく、むしろそれが求められている分野だという印象を持っています。幸い、進学先の教授はよく「物理は一つ」と言ったり書いたりしているので、研究室の環境としても正解だったと思います。
強い相互作用をする粒子を総称してハドロンと呼びます。例えば、陽子や中性子、パイ中間子などの粒子がハドロンの代表例で、それらが集まって原子核を形成しています。一方、強い相互作用の最も基本的な自由度はクォークやグルーオンで、ハドロンはそれらの複合粒子です。クォークやグルーオンはハドロンの中に閉じ込めているわけですが、十分に高温の状態ではそれらはハドロンの中から解放され、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)を形成します。初期宇宙においては十分に高温であったのでQGPが存在していたと考えられています。Relativistic Heavy Ion Collider (RHIC)やLarge Hadron Collider (LHC)といった加速器で行われている相対論的重イオン衝突実験は、このQGPを実験的に作り出そうとする壮大なプロジェクトです。相対論的重イオン衝突実験では、光速近くにまで加速した原子核同士を正面衝突させることで高エネルギー密度の状態を作ります。十分に高いエネルギー密度に達するとQGPができると考えられています。私が現在行っている研究は、このQGPの性質を理論的に解明したり、そのダイナミクスをシミュレーションしたりすることです。そのような研究を通じて、実験で作り出された高エネルギー密度の状態が本当にQGPと言える状態なのか判定したり、あるいは実験データを通じてQGPの性質を理解することを目指しています。
自分の理論や解析が実験で確認できる
可能性があることにやりがいを感じます
クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)の研究は理論研究といえども実験と切り離せません。私は自分の理論や解析が実験で確認できる可能性があることにやりがいを感じます。QGPに関連する理論研究者に求められていることは、①理想化された状況における理論を如何にして信頼できるものにするか、②現実的な状況で生じる不定性や複雑さを如何に取り入れるか、③今まで考えられていなかった新しい物理の可能性はないか、と問い続けることだと私は思っています。これらのことを追求することにやりがいを感じますが、同時にこれらに付随した難しさもあります。私が現在感じている難しさとは、①に関しては、実効的な理論的手法が限定的であるということ、②に関しては、何が現実的なのかはっきりしないこと、及び、現実的にしたために本質が埋もれてしまうこともあるということ、③については、新奇なアイデアが浮かぶか否かは他の研究者とのコミュニケーションの質に強く依存するということ、です。
一貫して心がけていることは特にないのですが、振り返ると成功につながった考え方というのはあるかもしれません。私が今まで行った研究については、研究対象となる現象が主で、手法は従という立場をとることが多かったです。人それぞれ異なるとは思いますが、私自身は定式化よりも自然現象そのものに興味があるので、そのほうが研究をしていて楽しいことが多いです。同時に、そのようにして必要になった手法については、異分野のものであっても基本的なところから理解してマスターするようにしています。それに加えて、他の研究者とのコミュニケーションの質を高めるために、空いた時間を見つけて知識を増やすよう努めています。
将来にわたり研究対象とされるような
種をまくような仕事ができれば
近い将来の目標は、相対論的重イオン衝突実験やクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)の研究に新しい問題意識を見出すことです。現在の私の研究は、約30年前の萌芽的な研究が源になっています。その後、その研究に関連していくつものアイデアが提唱され、今に至っています。そのように将来にわたり研究対象とされるような、種をまくような仕事ができればいいなと思っています。もう少し遠い将来には、古くからある重要問題にも挑戦できればと思います。
さまざまな切り口を持ちながら、その基礎には量子色力学
(QCD)という、一つの理論があるということが
原子核物理学のおもしろいところ
原子核物理学のおもしろさは、様々な切り口があるということです。原子核自体が少数多体系という有限個の自由度からなる多体問題として捉えられます。無限個の自由度で現れてくる秩序とは異なる次元の難しさがあります。原子核の反応過程は、ビッグバン元素合成や星の内部での重元素の合成を通じて、宇宙の物質組成を説明するという宇宙論的な問題とも関連しています。また、ハドロンに着目すると、カイラル対称性の自発的破れやクォークの閉じ込めという強い相互作用の真空構造に行き着きます。強い相互作用の真空構造の研究は、場の量子論の基礎的な問題として数理物理学的な側面もあります。極限環境下(超高温・超高密度)における強い相互作用をする物質の相図の研究は、物性物理や宇宙論・宇宙物理とも関連しています。このようにさまざまな切り口を持ちながら、その基礎には量子色力学(QCD)という、一つの理論があるということが、原子核物理学のおもしろいところです。同時にそれは、基礎理論と現象の間に一筋縄にはいかない隔たりがあるということです。基礎理論と現象の間のギャップを埋める作業が、原子核物理学の理論研究者に課せられた問題だと思います。