HOME > 研究最前線 > 明日を創る若手研究者(関澤 一之)

東京工業大学 理学院物理学系

関澤 一之

Kazuyuki Sekizawa

主な経歴

2006年3月

埼玉県立伊奈学園総合高等学校 卒業(第22期生)

2010年3月

東京理科大学 理学部第一部物理学科 卒業(鈴木公研究室)

2012年3月

筑波大学大学院 数理物質科学研究科 物理学専攻 博士前期課程修了

2015年3月

筑波大学大学院 数理物質科学研究科 物理学専攻 博士後期課程修了(指導教員:矢花一浩)

2012年4月ー2015年3月

日本学術振興会特別研究員(DC2)

2015年4月-2017年8月

ポーランド・ワルシャワ工科大学 博士研究員

2017年9月-2017年12月

米国・ワシントン大学 博士研究員

2018年1月-2021年3月

新潟大学 研究推進機構 超域学術院 特任助教(テニュアトラック)

2021年4月-現在

東京工業大学 理学院物理学系 准教授

時間依存密度汎関数法による量子多体ダイナミクスの理論的研究

自然現象を数学の言葉で解き明かす――物理学のロマンに魅せられました

研究職に興味・関心のある方々の参考になるかもしれないので、まずは私が物理学を学び始めたきっかけからお話ししたいと思います。もちろん私は、初めから物理学や原子核に興味を持っていたわけではありませんし、むしろそういったものとは無縁の生活をしていました。私は小学校のスポーツ少年団から始まり、中学・高校と部活動でサッカーに没頭し、朝から晩までサッカー漬けの日々を過ごしていました。もともと一つのことに没頭する性格なので、部活を引退するまで、サッカー選手になるとか、体育教師になるとか、そんな将来しか頭にありませんでした。転機となったのは、高校時代の担任の先生が、私が理系科目を得意としていたことを見て、理系の大学に進む道を提案してくださったことです。当時、簡単な高校物理に過ぎませんが、自然現象を数式で説明できることを知り、「すごいな・おもしろいな」という漠然としたかっこよさを感じ、大学で物理学を学ぶことに決めました。「大学に入ったからには勉学に没頭しよう」――もともと頭がいいわけではなかったので、大学の講義についていくために、必死で勉強しました。我武者羅に物理を勉強していく中で、学部3年の後期あたりでしょうか、量子力学や統計力学を学び、ミクロなスケールの物理法則から出発してマクロな熱力学的性質を説明できることを知ったとき、それまでバラバラに感じていた物理学の各科目(古典力学、電磁気学、解析力学、熱力学、統計力学、量子力学等)が一つに繋がる感覚を覚え、感動し、「物理学を極めたい」と思い至り、大学院進学を決めました。

大学院に進学するにあたり、興味のある分野に応じて大学や研究室を選ぶ必要があるのですが、私には「原子核物理学」を選んだ特別な理由はありませんでした。むしろ当時は、自然現象を記述する究極の理論を探求するというロマンに溢れた素粒子論に魅力を感じていました。では、どうして原子核物理学の分野に進んだのかというと、私の尊敬する卒研時代の恩師(鈴木公先生)が「大学院は人(指導教員)で選べ」という理念を持っておられたため、数名の研究者の方々を紹介してくださったのです。私は物理学を極めたかったのであって、分野にこだわりはなかったので、迷わず勧めていただいた方の下で学ぶことに決めました。その研究者が、原子核理論や物性理論分野で活躍している筑波大学の矢花一浩教授だったのです[1]。そして大学院入学後に、再び私の没頭する性格に火が付きます。「原子核物理学という自分にとって未知の分野でも、やればできるということを証明する」という想いを胸に、我武者羅に研究に没頭しました。このとき私が学んだことは、物理学に限らず一般に言える大事なことだと思うのですが、「とことんやり込めばなんだっておもしろくなる」ということです。スポーツでも創作活動でも、数学でも音楽でも、新しいことを学び、スキルを身に付けると、できることが増え、見える世界が広がり、新しい発見があると思います。原子核物理学も同じで、学べば学ぶほど新しい発見があり、どんどんおもしろくなっていき、「この研究活動を生業にできたらどれだけ幸せだろうか」と思うようになりました。もし仮に別の分野を選んでいたとしても、きっと同じようにおもしろさを見出だし、研究者となる道に進んでいただろうと思います。

原子核物理学では、1cmの1億分の1のさらに1万分の1[10-15m,1fm(フェムトメートル)]という、途方もなく小さなスケールの物理学を探求します。そのような極微の世界は「量子力学」によって記述され、私たちの常識が通用しない不思議な現象が起こります。また、人間社会でも、多数の人間が集まって組織を作ると複雑な人間関係が巻き起こりますよね。それと同様に、原子核を構成する粒子(陽子・中性子,総称して「核子」と呼ばれます)がたくさん集まると、より多彩な現象が起こるのです。このような問題は「量子多体問題」と呼ばれ、物理学の様々な分野で研究が進められています。加えて、核子の間には「核力」と呼ばれる、皆さんにも馴染みのある電磁気力や重力とはまったく異なる「強い力」を起源とした力が働いています。核力の特徴的で複雑な性質も相まって、核子の量子多体問題は複雑な様相を呈し、原子核の物理に豊かさを生み出しているのです。私の研究は、「時間依存密度汎関数法」と呼ばれる量子多体系のダイナミクスを構成粒子の自由度から微視的に記述することができる理論的枠組みを用い、紙とペンだけでなく時にはスーパーコンピュータを駆使しながら、核子多体系に発現する多彩な現象を解き明かすことを目指したものです。もともとは、2つの原子核の衝突過程(原子核反応)の研究を行っていました[2]。その後、中性子星と呼ばれる超高密度天体や超流動・超伝導現象、冷却原子系等、「フェルミ粒子系の量子多体ダイナミクス」をキーワードに、研究対象を周辺分野にまで広げています[3]。(自身の研究を一般の人に紹介するアウトリーチ活動の一環として、皆さんにも身近なホールケーキやダンスパーティーを用いた比喩による私の研究内容の紹介記事が公開されていますので、ご興味のある方はこちらも併せてご参照ください[4]。)私の場合、専門は原子核物理学となりますが、実際は原子核だけでなく、天体・宇宙物理、物性・固体物理、超流動・超伝導現象等、自然現象全般を研究対象としています。分野に捕らわれずに研究を押し広げていく姿勢は、大学院時代の指導教員から学んだものかもしれません。また、これが物理学のおもしろさ・真髄であると思います。動機や経緯は人それぞれだと思いますが、原子核を通じて物理学の様々な分野の研究ができるので、今では原子核物理学にすっかり魅了されています。



[1] 筑波大学 原子核理論研究室ホームページ
[2] 関澤一之,Multinucleon Transfer Reactions and Quasifission Processes in Time-Dependent Hartree-Fock Theory(博士論文,2015年),つくばリポジトリ
[3] 関澤一之 個人ホームページ
[4] ほとんど0円大学,URA が推薦する、注目の研究者【第5回】たとえばケーキ作りのように!? 原子核から世界の成り立ちを探求する

人類の歴史に新たな一歩を刻む――これが研究のやりがいです

「研究」は、かっこよく言えば、「人類の英知の発展に資する取り組み」です。これまでに人類が蓄積した知識を元に、まだ誰も知らないことを明らかにしていきます。この点が、教科書に載っている(既に確立されている)内容について学ぶ「勉強」と大きく異なるところです。「研究」は「勉強」と異なり、答えはまだ誰も知らず、自分で明らかにしなければなりません。そのため研究には、思うようにいかない、苦しい期間がしばしば伴います。でも苦しんだ分、研究が上手くいき、新しい何かを発見した際の喜びは格別です。私の場合、溢れる喜びを抑えきれず、部屋で一人大きくガッツポーズをすることがあります(笑)人類の歴史の中で、自分が最初の発見者となり、歴史に新たな一歩を刻むって、すごくないですか?

もちろん、世界の最先端にいきなり立つことはできません。私の場合は、大学院在籍中の5年間で、原子核反応の微視的シミュレーションについて、とにかく世界中の誰よりもやり込んだと自負しています。その結果、ある特定の分野において、気付けば世界の最先端に立っていました。すると面白いもので、その研究で得た知見や考え方を柔軟に応用すると、別の研究の内容を理解し、さらに新しいアイディアを閃くことに繋がるのです。「大学院の研究で深く深く根を張った太い幹を育み、その結果、そこから派生して多様に広がる枝葉が育ち、果実が実っていった」というのが、私の持っているイメージです。この経験から得たこととして皆さんに伝えたいことは、研究に限らず、情熱を持って根気よく取り組み続ければ、何らかの形で前人未踏の領域に到達することができるということです。私がサッカー少年だったことを思い出してください。初めからできる人なんてどこにもいませんし、何かを始めることに遅すぎることはありません。もし何か実現したいことがあるのなら、その実現に向けて努力を惜しまず、一歩一歩、前進し続けてください。もし研究職に興味がある人は、まずは大学院の5年間、あるテーマに世界中の誰よりも取り組み、人類の英知の最先端に立ち、そこから見える景色を眺めてみてください。私は、この経験が研究職に限らず皆さんの人生を支える貴重な経験となると信じています。そして、その喜びを知った後には、皆さんも研究職に進む道を選ぶことになるかもしれません。

自身の研究を発展させることはもとより、日本の核物理の将来の発展に貢献したい

まず研究については、これまでの原子核研究の質を変え、今後10年、20年先に続く研究のスタンダードとなり得る、新しい理論的枠組みを確立させたいと考えています。実は、既にアイディアは持っていて、何年もの間、実現させたいとずっと頭の片隅に置いていました。詳しくは述べませんが、この新理論を用いると、「サブバリア核融合反応や自発核分裂等の多体の量子トンネル現象を核子自由度から量子多体理論に基づいて記述することができるようになる」と期待しています。専門用語が出てきてしまい申し訳ないのですが、これらは原子核理論、ひいては量子多体問題における長年の課題であると言えます。また、原子核の構造、特にクラスター形成やアルファ崩壊過程等について、新たな描像を与えることになるのではないかと期待しています。原子核の構造・反応研究の質を変え、未解決問題を解決し、現象の新たな理解を創出する――そんな理論をあと5年くらいの内に実現させることが、当面の目標であり、私の使命であると考えています。

また、教育活動や後進の育成にも力を入れたいと考えています。私事ですが、私は2021年4月に東京工業大学 理学院物理学系に准教授として着任し、新たに原子核理論研究室[1]を発足させました。それに伴い、現在では卒研生や大学院生を受け入れ、学生との共同研究を展開しています。自分にできることが増え、興味関心も広がり、やりたいことはたくさんあるのですが、一人でやれることには限界があります。学生との共同研究によって、萌芽的な新しい研究テーマに挑戦し、研究の幅をさらに広げていくことができると考えています。もちろんゼミや研究指導等に労力はかかりますが、自身の研究だけでなく、未知の課題に挑戦し解決することのできる物理学の素養をもった優れた学生を育て、世に輩出することを目指します。

そして、いわゆるアウトリーチ活動にも力を入れていきたいと考えています。アウトリーチ活動とは、研究の内容や成果を、世間一般の人々に伝える取り組みです。私は、「科学者には研究の成果を少しでも社会に還元する責任がある」と考えています。ともすれば、原子核物理学の理論的研究は基礎科学的で、日常生活からかけ離れており、意識しなければ社会との繋がりは生まれません。しかし実のところ原子核物理学は、核融合や核分裂によるエネルギー・環境問題、がん細胞の重粒子線治療(あるいは“量子メス”)、加速器を用いた植物の品種改良、原子核の崩壊過程に基づく放射年代測定、そして核廃棄物処理等、社会に関わる重要なテーマを含んでいます。負の側面として核兵器にも関係することも忘れてはいけません。それだけでなく原子核物理学は、恒星内部で起こる核融合反応や我々の身の回りにある元素の起源、113番元素ニホニウムに代表される超重元素合成[2]、中性子星とその合体およびその際に放出される重力波等、基礎科学的なおもしろさ・ロマンにも溢れています。このような原子核物理学のおもしろさを一般の人に知ってもらう活動を展開したいと考えています。例えば理化学研究所では、核図表(横軸に中性子数、縦軸に陽子数をとった、原子核の存在範囲を表す地図のようなもの)をレゴブロックで立体的に作って一般公開しました[3]。高さが原子核の安定度合いと関係しており、巨大なレゴブロックのオブジェに見る「ハイゼンベルグの谷」は迫力があり、一度見たら忘れません。原子核というものを知らない子供たちでも原子核物理学に触れ、興味を持つきっかけとなる取り組みです。また、最近知って面白いと思ったのは、化学のアウトリーチ活動にあたる「元素楽章」という元素の擬人化プロジェクト[4]です。一見するとなんでもアニメ絵にしてしまうよくある擬人化に見えるのですが、実はデザインや設定の細部に元素の性質が反映されている[5]ので驚きました。別に、擬人化されたキャラクターだけを見る人がいてもいいと思うのです。でも、一部の人たちでもいいので、背景にある元素の化学的性質に興味を持ち、知らなかったことを知る新たな機会が生み出せたのなら、そこに大きな意義があると思うのです。もちろん、プレスリリースのような、最新の研究成果を世に発信する“真面目な”アウトリーチも大切です。でもそれ以上に、このような、大人から子供まで万人が何かしらの形で原子核物理学に触れられる機会を作り、原子核を身近に感じてもらえるような取り組みをすることも重要であると考えます。そのような取り組みが、未来の研究者の卵を産み、回り回って、将来の原子核物理学の発展に繋がるのではないでしょうか。



[1] 東京工業大学 原子核理論研究室(関澤研)ホームページ
[2] 理研仁科センター 113番元素・ニホニウム 特設ページ
[3] 理化学研究所 仁科センタ― サイエンスアゴラ2012イベント情報ページ
[4] 元素楽章ホームページ
[5] 近畿大学Kindai Picks 元素に人生を狂わされた女子大生!擬人化を続けるそのワケとは【沼落ち必至】

原子核物理学は様々な物理学の分野に関与する学際的研究領域――物理学の主役と言っても過言ではありません

原子核物理学は、物質を構成する最小単位であるクォーク(素粒子物理学)やそれらの複合系(ハドロン物理学)とも密接に関わり、恒星の進化の過程には核融合反応が切っても切り離せず(天体物理学)、中性子星と呼ばれる超高密度天体やその合体に伴う重力波(宇宙物理学)、そして超重元素と呼ばれる新元素の合成(化学)にも関わります。また、電子(「フェルミ粒子」という点では核子と同様)の多体系を扱う物性物理学とは多くの共通点を有しますし、中性子星のクラストの記述には固体物理学が関係し、さらには原子核や中性子星を構成する陽子・中性子はそれぞれ超流動・超伝導の性質を示します。加えて、原子核物理学は、既存の理論では説明できない新物理の探索に関わるテーマまで含んでいるのです。私の主観ですが、原子核物理学が物理学の主役であるとさえ感じています。このように原子核物理学は、やればやるほど奥が深い、極めて学際的な研究領域であり、この点が原子核物理学の魅力の一つであると考えています。そして、物性物理学と多くの類似性を持つ一方で、原子核物理学で扱う核子は「核力」と呼ばれる「強い力」を起源とした複雑な力で結びついており、これによって核子多体系特有の多様な現象が発現します。物理学の様々な分野と密接に関係し、類似性を持ちつつも、多面的で、一見すると複雑な、核子多体系特有の多彩な物理を解き明かす――これが私の思う、原子核研究のおもしろさです。

先にも述べたように、原子核物理学は、素粒子から物性、天体・宇宙にまで密接に関係する、非常に学際的な研究領域です。また、原子核の物理は奥が深く、ここでは語り尽くせないおもしろさに溢れています。原子核物理学は、分野を絞り切れていない学部生にも、分野を変えてみたい大学院生にも、核物理に興味のある周辺分野の若手研究者にも、自信を持って勧められる研究分野です。原子核研究を通して得られる知見は、視野を広げ、年々学際性を増す研究社会を生き抜くための糧となります。もし興味があれば、このホームページやリンク先の情報を参照してみてください。私たちが魅了された、壮大な原子核物理学の世界があなたを待っています。


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