岡山大学 異分野基礎科学研究所
増田 孝彦
Takahiko Masuda
主な経歴
2007年3月
京都大学理学科 卒業
2009年3月
京都大学大学院理学研究科
修士課程修了
2014年3月
京都大学大学院理学研究科
博士課程修了
2014年4月-2016年3月
岡山大学極限量子研究コア 特任助教
2016年4月-2017年11月
岡山大学異分野基礎科学研究所
特任助教
2017年12月-2019年10月
岡山大学異分野基礎科学研究所
特任講師
2019年11月-現在
岡山大学異分野基礎科学研究所
特任准教授
トリウム229原子核アイソマーの研究
原子核研究に初めて触れたのは、学部3年生の時にやった、陽子と金箔の微分散乱断面積測定だったと思います。いわゆるRutherford散乱です。学部実験で加速器を使わせてもらって、とても大掛かりだなと感じた覚えがあります。卒業研究は中性子ハローの測定とリングイメージングチェレンコフカウンタの製作をテーマにして、それからしばらく原子核実験とは離れていたのですが、学位取得後にレーザーを使った素核実験をやろうと思い立ち、ちょっと変わった原子核、トリウム229の実験に関わることになりました。
トリウム229原子核は、その第一励起準位が8eV程度しかないと言われている、特殊な原子核です。8eVというエネルギーは光の波長で150nmくらいになります。ここまで低いエネルギーだとレーザーで励起できるようになるため、いわゆる原子分子で用いられているようなレーザー操作を原子核でも行えるようになると考えられます。そこで提唱されているのがトリウム229を使った周波数標準「原子核時計」です。原子と異なり、原子核は周囲を電子に囲まれた孤立量子系なので、コヒーレンス性がよく、従来の原子時計よりも高精度な周波数の基準になりえます。
プロジェクトを始めてしばらくはその第一励起準位を生成するという目標に向かって、ひたすら実験装置の改良を進めてきました。SPring-8のX線を標的に当てて励起するのですが、励起を確認するための標的からの遅延X線信号が極めて微弱で、バックグラウンドとなるその他の関係ない大量の散乱X線に容易に埋もれてしまいます。遅延X線信号をバックグラウンドから抽出するため、信号雑音比を改善するさまざまなシステム高度化を行ってきました。理論予想があまり当てにならず、どこまで信号雑音比を上げればいいのかわからなかったのですが、なんとか成功に漕ぎ着けました。
今は次の目標である第一励起準位からの脱励起観測、それによる第一励起準位のパラメータ決定を目指しています。こちらも信号雑音比の改善が急務です。あいかわらず理論予想が不明瞭なため、どこまで改善すればいいのか確固たる指針はないのですが、日々どんな改善が可能か考えています。
この実験は比較的少人数で進めているというのもあり、自分のアイデアをとりあえず組み込んでみることができます。年に数回のビームタイム(実験はSPring-8で行なっています。)のたびにその効果が出るかどうかが試されます。大して改善しないことも、逆に悪化させることもありますが、うまくいったアイデアをもとに改良を重ねていくことがやりがいです。数年に一度の大当たりは喜びもひとしおです。が、これはやりがいというよりご褒美という感じでしょうか。
最近は世界的にもトリウム研究はアクティブになってきて、いくつかのグループが同じ目標に向かって異なる戦略で臨んでいます。ライバルでありつつ、色々技術協力もしつつという流れがあって、色々なコラボレーションができるのも面白いと思います。
原子核時計が実現すれば、それを使ってできる物理がもっと色々あるのではないかと思っています。すでに微細構造定数恒常性やダークマター探索などいくつも提案はされていて、実験屋としてはそういったことを自分で実行できるよう技術や知識を習得しようとしているところですが、何か自分で提案したものを測ってみたいですね。もっと言えば原子核時計でなくてもいいのですが、自分の持てる技術を応用した新しい物理実験を提案実行できればと思います。
やってみたいこととはずれますが、自分が生きているうちに、電磁場発見や相対論、量子論、標準理論発見のような大きな変革が起こるといいですね。もしそれに自分の研究が関与しているとうれしいです。
私自身は、原子核研究というよりも、要素還元よりの基礎物理志向で研究していてたまたま原子核を使っているので、いわゆる原子核研究の面白さを語るのは難しいのですが、日本の原子核研究は近隣分野に比べ興味のスペクトルが広いのがすばらしいところではないかと思います。基礎よりでは、より小さい素粒子とより大きい原子に挟まれて、どちらとも親和性よく広い視野で研究が進められているのを感じます。応用よりになると、工学や化学、医学などとも共通目標を持っていることも多いと思います。実験していると目先のことに囚われるので、たまに周辺分野の話を聞きつつ視野を広く持ちたいと思っています。