高エネルギー加速器研究機構
本多 良太郎
Honda Ryotaro
主な経歴
2009年3月
東北大学 理学部 物理学科 卒業
2011年3月
東北大学大学院 理学研究科 物理学専攻
博士課程前期2年 修了
2014年9月
東北大学大学院 理学研究科 物理学専攻
博士課程後期3年 修了
2014年10月ー2017年3月
大阪大学大学院 理学系研究科
特任研究員
2017年4月ー2020年8月
東北大学大学院 理学系研究科 助教
2020年9月
KEK 素粒子原子核研究所 准教授
中性子過剰環境下のハイペロン-核子相互作用の研究
知られてはいるが分かっていない現象の説明を目指して
子供のころの私は図鑑や一般向け科学書籍を読み漁る科学オタクでした。別段ジャンルにこだわりがなく、生物や地質など高校の時選択しなかった分野の本もよく読んでいました。恐らく、観測によって分かっている世の中の現象について、何かしら納得のいく説明が得られる、というその過程そのものが楽しかったのだと思います。いつしか、現象の背景にある原理に対してミクロな視点からアプローチするためには物理学をやらねば、と気づきます。大学に進学後、原子核物理を志すきっかけとなったのが学部3年次に原子核物理の講義でした。ここで核力とそれによって形成される原子核の性質はまだ完全にはわかっていないという事実を知ります。この事は私にとって衝撃でした。陽子と中性子が核力で集まって原子核を構成する、ということは一般向けの書籍にも書いてあることです。原子核の発見から100年が経過しており、これまで沢山の核種が実験的に見つかっています。だから、核力や原子核の性質は当然すでに良く分かっているだろうと思っていたのです。
観測事実として存在は知られているが完全には説明しきれていないという事は、私にとってもとても魅力的でした。ここに何か一石を投じたい、と感じたことが原子核物理を志した理由です。
私の研究対象は原子核物理の中でもストレンジネス核物理と呼ばれる領域です。原子核の構成要素である核子はアップクォークとダウンクォークで構成されていますが、更にストレンジクォークを含むバリオンの事をハイペロンと呼びます。ハイペロンは核子とは異種粒子であり、原子核中の相互作用の性質が異なります。例えばΛ粒子であれば核中でΣ粒子と強く混合し、核力に比べて粒子混合の重要性が高いと言われていますが、そのΛ- Σ混合の性質はまだ完全には明らかになっていません。ハイペロンは核子と異種粒子とは言ってもクォークを構成要素にもつバリオンです。クォーク描像に立つことで核力と合わせて何か統一的な説明が与えられるはずです。ストレンジ核物理は原子核物理が持つ多様な性質をハイペロンと言うツールを使って解き明かそうという分野なのです。この研究では中性過剰な原子核中にハイペロンを導入しました。中性子過剰な環境ではΛの粒子混合やΣ粒子が感じる核中での斥力がより際立つと考えられていたためです。このように原子核物理では、相互作用のある部分が際立つような系を作り出し、その実験情報から模型に制限を与えることで少しずつ全貌を明らかにしていきます。
正しさの積み上げの果てにある新しい事実
研究のやりがいは誰も知らなかった事実に自分の手で到達できることです。自分が知らない事を本などを通じて知る事も楽しいですが、自分が発見者になる喜びは他に代えがたいものです。私は実験屋のため、新しい事実を見る瞬間は実験データの解析を終えた時です。いったいどんな結果が表れるのか、解析中はワクワクします。
また、新しい実験事実を目にする瞬間も楽しいですが、そこに至るまでの過程もまた研究の醍醐味です。研究はこの行いは正しいはずだ、という正しさの積み上げです。今自分がやっていることは正しいはずだ、と確信を得るためにはこれまで学んできた知識を総動員する必要があります。自分が手に持っている武器を頼りに1歩ずつ進んでいくような感覚があり、これもまたとても面白いものです。
誰も実現できなかった実験を目指して
現在私はKEK素粒子原子核研究所のエレクトロニクスシステムグループに所属しています。素粒子原子核実験の発展は、テクノロジーの発展と切っても切り離すことが出来ません。私は素核実験を支える技術の中でも、検出器からの信号をデータに変換し集めてコンピュータへ保存する部分の技術開発に携わっています。自分が開発した新しい技術によって、今まで出来なかった物理事象にアクセスできるようになったら、物理の成果と合わせて二重に研究が楽しめると思っています。そのようなゲームチェンジャーになるような技術開発に挑戦してみたいです。
強い相互作用が作り出す多様な現象の解明を目指して
原子核研究の面白さは強い相互作用が生み出す多様な現象が存在することと、またその説明が一筋縄ではいかない事です。核力を含むバリオン間の相互作用は強い相互作用の第一原理である「量子色力学(QCD)」を起源に持ちます。残念ながら、QCDは強結合性ゆえに解くことが非常に難しく、実験で分かっている原子核の性質を全て説明するには至っていません。そこでQCDと現象の間を埋める有効理論を構築し、実験事実と照らし合わせることで謎を解明していこうとしています。原子核研究では1つの実験結果が即座に様々な問題を解決するような事はありません。そのため、系統的な実験結果の積み上げが必要です。原子核実験の分野には、大事だと分かってはいるが技術的な困難から達成されていない事がまだまだたくさんあります。それらに新しいアイデアや技術でもって挑戦していくことが面白い分野だと思っています。