筑波大学 数理物質系
野中 俊宏
Toshihiro NONAKA
主な経歴
2013年3月
筑波大学理工学群物理学類 卒業
2015年3月
筑波大学大学院数理物質科学研究科物理学専攻 博士前期課程修了
2018年3月
筑波大学大学院数理物質科学研究科物理学専攻 博士後期課程修了
2018年5月~2020年2月
中国華中師範大学粒子物理学研究所博士研究員
2020年3月~
筑波大学数理物質系テニュアトラック助教
重イオン衝突実験によるQCD相図探索
私の研究内容は「素粒子の相図を探索する」ことです。相図というと水の状態図が有名ですが、温度や密度を変化させると固体、液体、気体、という風に状態が変わるのはあまりにも身近な話です。クォークやグルーオン等の素粒子も同様に、温度や密度によってその状態を変えることが知らています。低温低密度では強い相互作用によってハドロン内に閉じ込められており、また高温・高密度領域においてはそれらが閉じ込めから解放されたクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)という状態に変化するのです。私がこの業界に足を踏み入れる頃までは、このQGPを重イオン衝突実験によって生成することが分野のゴールでした。QGPの生成がほぼ確実になった今、温度と密度の関数としてどこまでがQGPでどこからがハドロンなのか、またその間の相転移の仕組みはどうなっているのか等、まだまだ興味は尽きません。
研究のやりがいを感じる瞬間は主に2つあります。まずは誰もやったことのないことをやった時ですね。我々はQCD相図を探索するために、保存量分布の高次ゆらぎという観測量を測定するのですが、これは2012年頃に本格的な測定が始まった量で、当時はまだその量についての理解が充分ではありませんでした。観測量が検出器によってどのように歪められるのか、またそれをどのように補正するのか。異なる衝突事象が重なって検出されてしまった場合、どのようにその効果を差し引くのか。検出器に到達する前に崩壊してしまう粒子のゆらぎを精度良く測定するためにはどうすればよいか。これらの難題に挑み、解決方法を編み出す。さらには、他の実験グループが私の考案した手法を使ってくれる。私にとってこれほどの快感はありません。また、そのようにして測定した結果と理論計算がかなり良い精度で一致した時。必ずしも一致する必要は無いのですが、その一致はターゲットとする物理を人類が理解できたことを意味するので、やはり嬉しいですね。
QCD臨界点を発見したいですね。そのための実験がRHIC加速器STAR検出器において2021年に完了しました。そこで収集した多くのデータを解析する必要があります。臨界点についての結論出すには、さらに低い衝突エネルギーにおける精密実験が重要で、現在ドイツで建設中のFAIR加速器CBM実験グループに参加し、引き続き臨界点を探す予定です。
重イオン衝突実験は、素粒子衝突実験と違い、複雑怪奇です。「素粒子の質量の起源」を探るためには限りなくクリーンな環境が求められるのでしょう。ただそれでは「素粒子の相図」は探索できないのです。多くの核子がバコバコとぶつかり合い、超高温・高密度な物質が生成される。それが膨張し、冷え、やがてハドロン化する。そのような複雑な過程を記述しようとする理論家のみなさんには頭が下がりますし、実験ももちろん難しい。だからこそ面白いんでしょうかね。