不安定原子核と宇宙の進化
私たちの身体や宇宙の様々な物質を形作る元素は宇宙開闢(かいびゃく)から存在したわけではありません。ビッグバンにより私たちの宇宙が生まれた直後に存在した元素は、ほぼ水素とヘリウムだけだったと考えられています。その後水素やヘリウム達は、時には広大なる宇宙空間を彷徨い、時には星の一部となってその内部の高密度・灼熱環境下でゆっくりと融合し重い元素へと姿を変えてきたと考えられています。そして、その星が生涯を閉じる時に宇宙空間にばらまかれ、再び広大な宇宙空間を彷徨(さまよ)った元素が塊(かたまり)となったのが地球であり、その元素が私たちの身体を作り上げているのです。
しかし、この科学好きの間では常識となっているシナリオだけでは十分ではありません。核融合反応で作られる元素は、最も安定な原子核を中心に持つ鉄(元素番号26)付近までなのです。金(元素番号79)やウラン(元素番号92)などの鉄より重い元素は、このシナリオでは作られることはありません。
重い元素が作られる主なメカニズムの候補は、遅い中性子捕獲過程[s(low)過程]と速い中性子捕獲過程[r(apid)過程]です。r過程とは、ウィリアム・ファウラー博士らが1950年代に提示した「重い元素は超新星爆発のような激烈な環境下で、多くの短寿命放射性原子核を経由して作られた」という仮説です。しかしながらファウラー氏らの予言から60年以上経った21世紀でもr過程がどこでどのように起こったかは検証されておらず、現在でも元素の起源の最大にして最後の謎となっているのです。
何故r過程の解明はそんなに難しいのでしょう? 一つには、r過程が起こっていると考えられていた超新星爆発などの現象が稀にしか観測できないこと、かつr過程の証拠となるガンマ線などの観測が大変難しいことが挙げられます。2017年、宇宙観測・元素合成研究史上に残る大きな報告がありました。LIGOとVIRGOのグループが重力波により連星中性子星合体の観測に成功したのです。この重力波観測とその直後に行われた可視光の観測から、2つの中性子星が合体する過程で、高密度・十億℃の高温状態が出現し、この環境下で鉄より重い元素が大量に合成されているヒントを得たのです(詳しくは「 中性子星の謎と原子核物理学 」参照)。これにより中性子星合体がr過程の起こっている「場」として大変熱い注目を集めています。
人類が長らくr過程解明に到達できなかったもう一つの理由は、r過程の中間生成物である原子核にあります。地球上に自然に存在する原子核に比べて遥かに不安定で地球上での生成が難しいのです。銀(原子番号47番)を例にとると、地球上に自然に存在する安定同位体は銀107(中性子数60)と銀109(中性子数62)ですが、r過程では銀130(中性子数83)より中性子の大きい銀を経由するのです。このように安定同位体より大量の中性子を持つ「中性子過剰核」の生成は大変に難しく、21世紀に入るまで人類は作ることすらできなかったのです。
理化学研究所のRIビームファクトリー(RIBF, 仁科RIBFページにリンク)は、最高性能を誇る重イオン加速器施設であり、世界で初めてr過程経路上の原子核 (r過程核) の大量生成に成功した加速器です。ファウラーらの予言から約50年後の2007年に稼働を開始し、r過程研究を大きく進めてきました。ハイライトの一つは、2015~2017年に発表されたr過程核のベータ崩壊半減期の測定です(プレス発表:2015年, 2017年)。r過程の進行速度を決定づけるベータ崩壊半減期の測定データを、r過程を再現する理論計算と組み合わせ、宇宙での元素組成の理解に大きな一歩を記すことができました。
RIビームファクトリーでは、稀少RIリング(図3)やMRTOFなどの高分解能質量測定装置、中性子放出率を決める国際共同実験BRIKEN、中性子捕獲率に関わる核反応率を決めるOEDO/SHARAQ(→CNSのページ)、重いr過程核生成に特化した KISSなどの最先端装置を駆使して、r過程核の寿命、質量、反応率の測定を進めています。
更には、現在計画中のRIBF高度化計画では、不安定核の生成能力が増大します。これにより、r過程核の性質がより明確になり、宇宙での元素合成過程の理解に決定的な進展をもたらすことが期待されます。