中性子星の謎と原子核物理学
中性子星は、宇宙に浮かぶ巨大原子核です。物質は原子からできていますが、原子の質量の99.97%は、その中心部にある小さな原子核が担っています。原子核のサイズは原子のサイズのわずか1万分の一なので、もし原子核の周りの広大な空間を回っている電子を取り払って原子核だけを集めることができれば、物質の密度は1万の3乗、1兆倍となります。そんなことは人工的にはできませんが、重力の力でそれがなされてできたのが中性子星です。太陽の8倍以上の質量をもつ大きな恒星は、進化の果てに超新星爆発を起こし、その中心部では物質が極限まで圧縮されてブラックホールか中性子星ができます。図1は、超新星爆発の残骸とその中心にある中性子星の写真です。中性子星は多数見つかっていて、観測で測られた質量と半径から計算すると、中性子星中心部の密度は、普通の原子核の密度よりもさらに何倍か大きいことが分かっています。原子核は陽子と中性子でできていますが、電荷のある陽子は互いにクーロン力で反発するので、ウランのように大きな原子核は分裂して壊れます。巨大な中性子星は、全体で電荷が中性になっています。超新星爆発の際、星の中心部では陽子は正電荷を電子に与えて中性子に変わり、電子は中性のニュートリノに変化して飛び去ります。小柴昌俊先生は、1987年の超新星爆発の際に大量のニュートリノが発生することを観測で実証し、ノーベル賞を受賞しました。
この中性子星の内部は謎に包まれています。図2の上半分は、予想される姿の一例を描いたものです。中性子星の表面付近の「地殻」は、はじめは原子核と電子からなる固体ですが、内側に行くにつれて 中性子過剰核(注1) (注1)原子核は、陽子の個数と中性子の個数は1:1~1:1.5の割合のとき安定になる。安定になる割合よりも中性子の個数が多い不安定な原子核を中性子過剰核という。理研RIBFは、さまざまな中性子過剰核を大量に生成できる世界最高の不安定核研究用加速器施設である。(詳細は「不安定核と宇宙に進化」を参照) が増え、増えすぎた中性子は原子核からこぼれ落ち、中性子の海に原子核(陽子+中性子)が結晶のように並んで浮かんだ物質になります。この中性子だけからなる「中性子物質」と陽子・中性子からなる「原子核物質」とが、スパゲッティやラザニアのように紐状や板状の様々な形に分かれた「原子核パスタ」となっていると予想されています。さらに内側の「外核」は、ほぼ中性子だけの液体(中性子物質)でできていて、密度が通常の原子核の1~2倍になっています。ここでは、中性子は2個がペアをつくって超流動状態になっていると予想されていますが、この物質の性質はわかっていません。我々は、陽子と中性子がおよそ1対1の割合でできている通常の原子核の性質しか知りません。中性子だけの物質、密度が通常の原子核より大きい物質がどんな性質をもっているかは未知なのです。特に重要なのは、この物質の硬さ・柔らかさを表す「状態方程式」で、これによって中性子星の質量・半径や内部構造が決まります。この状態方程式を調べるために、理研RIBFでは図2左下に示したように、「ミニ中性子星」と言うべき中性子過剰核を人工的に作って、別の原子核と衝突させて圧縮したり、中性子過剰核を振動させたりする実験を進めています。大阪大学RCNPでは、鉛のような安定な重い原子核の表面にある薄い中性子の皮(中性子スキン)の厚さを測ることで、中性子物質の状態方程式を調べています。
-J-PARCで「ミニ中性子星」を作って調べる
さらに内側にある原子核の2~3倍以上の密度をもつ領域「内核」では、一部が
Λ粒子や
Ξ粒子
などの
ハイペロン(注2) (注2)
s(ストレンジ)クォークを含むバリオン。(クォークは、陽子や中性子などのもととなる素粒子で、図2右上のように6種類あり、陽子・中性子はもっとも軽く安定なuおよびdクォークだけからなる。sクォークは3番目に軽いが短時間でuクォークに変化する不安定な素粒子。バリオンとは、陽子・中性子の仲間で3個のクォークから成る粒子。)ハイペロンには、
Λ粒子、
Σ粒子、
Ξ粒子、
Ω粒子がある。100ピコ秒程度の寿命で崩壊する。J-PARCハドロン施設では、大強度の陽子ビームを使って、ハイペロンが多量に作れる。
に変化し、中性子・陽子とともに図2右のような「ストレンジ核物質」になっている可能性があります
(注3) (注3)
中性子星内核では、ハイペロンが発生するとの説が一般的だが、π中間子・K中間子などが発生する可能性や、中性子に閉じ込められたクォークがバラバラになった高密度のクォーク物質が出来ている可能性もあると指摘されている。いずれにせよ、太陽系周囲には存在しない極めて不思議な物質である。
これは、天然には存在しないと思われていたs(ストレンジ)クォークを含む、文字通り極めて奇妙な物質です。ハイペロンは加速器でも作れますが、陽子・中性子より重く、短時間で壊れて陽子・中性子に変化します。しかし、内核に重力で閉じ込められた中性子は、量子力学の「不確定性原理」によって大きな運動エネルギーをもつため、そのエネルギーを使って、一部の中性子が逆にハイペロンに変化して安定になるのです。陽子・中性子・ハイペロンからなる原子核をハイパー核(
詳細は「大きく広がるフレーバーの世界」を参照
)といいます。図2右に示したように、J-PARCハドロン施設では、別種のミニ中性子星であるハイパー核を人工的に作り、様々なハイペロンが原子核の中で受けている力を測定して、中性子星内部にハイペロンがどのように存在するのかを解明しようとしています。これまでの我々のKEKやJ-PARC等での研究から、図3のように、
Λ粒子や
Ξ粒子は原子核内で引力を感じていることがわかっています。すると中性子星では
Λや
Ξが現れやすくなりますが、一方、これらのハイペロンが存在すると中性子星が柔らかくなりすぎて、大質量の中性子星の観測例と矛盾するという謎が生じました。我々は、
J-PARCハドロン施設を拡張し(注4) (注4)
J-PARCハドロン施設を2倍以上の面積に拡張して新たなビームラインを設置し、現在世界供給している最高強度のハドロンビーム(K中間子、π中間子、反陽子などのビーム)の品質や種類を圧倒的に高められる新しいビームラインを複数設置する計画。ハイパー核の精密な研究やハイペロンの力の測定から、中性子星内部を解明するとともに、核力(陽子・中性子間に働き原子核を形作る力)の起源を理解したり、sクォークやc(チャーム)クォークを含んだ新しいバリオンを発見して、クォークがどのように組み合わさって陽子・中性子などの粒子が生まれたのかを探ることを目的とする。
、ハイパー核顕微鏡というべき高分解能の質量測定装置(High-Intensity High-Resolution ビームライン)を導入して、図3右のような測定によって重い核内でハイペロンが受ける力を精密に測ってこの問題を解決したいと思っています。
―天文観測と地上実験の連携へ
2018年に中性子星連星の合体による重力波が初めて観測されました。それと同時にガンマ線の閃光(ガンマ線バースト)も観測され、その方向に新たな天体が出現し減光していく様子がX線・可視光・赤外線で観測されました。この減光の様子から、重い元素(ランタノイド)が中性星合体で作られたことが分かってきました。白金、金、ウランなどの重い元素の約半数は、中性子の多い環境で爆発的な天体現象が起こることによって作られる(速い過程rapid process)と考えられており、超新星爆発がその天体現象であると従来信じられてきましたが、中性子星合体が重い元素を作っていたのです。理研RIBFでは、元素合成解明のために速い過程の詳細を調べる研究を進めています。中性子星合体の観測と連携することによって、宇宙での元素合成の解明が近いうちに達成できそうです。さらに、中性子星合体の重力波データや、中性子星からのX線データから、中性子星の硬さが分かり、内部にハイペロンなどがあるかどうかの手がかりが得られると期待されています。こうした中性子星の観測データと、J-PARCやRIBFなど地上の実験室での原子核物理の実験データを結びつけることで、中性子星内部の姿も解明できるものと期待されています。
―人類の物質観は進歩する
宇宙には、人類がまったく知らない物質があるのです。現在の冷えた宇宙に存在する物質は、原子核と電子からできています。しかし、中性子星内部の物質には電子がほとんどありません。また、中性子も陽子も、u(アップ)クォークおよびd(ダウン)クォークという二種類の素粒子からできているので、いま宇宙にあるすべての物質は、u, dクォークと電子という3種類の素粒子からできていることになります。しかし、中性子星内部にハイペロンが存在しているとすると、宇宙にある物質は、sクォークを加えた4種類の素粒子でてきている、ということになります。われわれ原子核物理研究者が取り組む中性子星の物質の研究は、人類の物質観を大きく変えようとしています。